2011年12月17日

腕からあふれ、こぼれるばかり・・・

飛行機を降りた時には喉がカラカラ。
乾燥ですっかり喉を痛めてしまったよう。

そういえば、中学生のころの夏休み。
ひどい夏風邪をひいていたけれど家族旅行にでた。
家族旅行といっても、都内のホテルステイだったと思う。
夏だというのに熱で寒気がする。
父は、プールで泳ぐようにすすめるけれど
とてもじゃないけれど、動くのもだるいのだ。
そのうち、父は怒り出し、母はせっかくだから泳ぐようにすすめる。
今では考えられないけれど、昔の親はこんな父親が当たり前だったのかもしれない。

当たり前だったかもしれないと思えるようになったのは
随分あとのことで、子供心にはなぜか応えなくてはならないような
使命感があったのが可笑しい。もしかしたら父も、何かの折に思い出し
なんともいえない可笑しさにとらわれているのだろうかとも思う。
父からしたら、そんなことを私が思うことが、まだ、生意気な娘なのだろうと思う。

何かのきっかけで、思い出されることがあるのは
自分が年をかさねたせいだと思うし、経験や小説などの二次体験が
可笑しさを伴なって記憶をくすぐるからなのだろうかと思う。

*****

干からびた喉は悪化し、年末に不快な身体で過ごすのも嫌なので
クスリをもらいに病院へ行くことにした。総合感冒剤は苦手なので
症状緩和のためのクスリを数種類もらうことにした。

クスリは最小限に。できる限りの養生に睡眠。
自分のカラダを信じることを助けてくれるクスリの服用。

風邪をひくと、治る頃には決まって体重が増えている。

*****

東京新宿の武蔵野館という映画館が90周年。
―語り継ぎたい映画シリーズ―第一弾として『いちご白書』、引き続き『ひまわり』が
上映されている。(『いちご白書』は17日で終了)
86人定員の小さな劇場は、気がつけばほぼ満員。
同じような年齢の不思議な空間。他には2世代目がちらほら。

当時はふくらはぎがちぎれそうなくらいに背伸びをしていた。

いろいろな思いが交差する。

こんな日は、やっぱりいつもの階段を降りるのです。
カウンターに座り、カラダの芯から温まるひれ酒。

優しさと、強さと、情がからみ
整理がつかない思いについて口に出してみる。
口に出すこと、そして書くこと。
自分の生きてきたことを、いつか受け入れられる時がくるのだろうかと思う。

たまに何かの要因で降りてくる思い出、仕事の仕方、自分の生きかた、
人との出会いや別れ・・・いつの日か受け止めることができるのだろうか。
まだ今は、腕からあふれ、こぼれるばかり。
posted by yura at 20:29| Comment(1) | TrackBack(0) | 今日はこんな日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「ひまわり」懐かしい〜
ラストシーンは胸が締め付けられ涙なしでは、スクリーンを見ることができなかった記憶がよみがえってきました。女心の裏腹!時代は変わっても男と女が紡ぎだす切ない心を今は、遠い昔に感じる私は、どこに女を置き忘れたのだろうか?
後戻りして探しに行こうかな?進むしかないのかな?
Posted by 前田朝子 at 2011年12月20日 10:50
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